札幌高等裁判所 昭和27年(ツ)2号 判決 1952年7月10日
上告人 被控訴人・原告 島潟三五郎
訴訟代理人 斎藤敏之
被上告人 控訴人・被告 田島フユ
訴訟代理人 土家健太郎
主文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
訴訟費用は控訴上告審とも被上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士斎藤敏之の上告理由は末尾添附別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
原判決の確定したところによると、本件農地における買収計画と売渡計画とは、同じ日の昭和二十四年九月二日に公告され、その後十日の法定期間内にその何れに対しても異議の申立がなく、ついで買収令書と売渡通知書とが、これまた同じ日の昭和二十五年一月二十日に交付されたことになつている。
してみると、本件の売渡計画は、それについての買収処分がまだなされていない農地について樹てられたことになるが、しかしその農地は、同じ日に決定された買収計画によつて、一応買収が予定されたものであることが肯かれる。
原判決は、このような売渡計画は、買収処分がなされることを停止条件とするものであるから無効である。そして無効の売渡計画によつて進められた本件売渡処分も、また無効であると判断しているのである。
よつて、買収処分のまだされていない農地-しかし買収計画によつて既に買収を予定されている農地についての売渡計画が、自作農創設特別措置法(以下自創法と称する)上、果して無効かどうかについて考えてみる結論からいえば、当裁判所はこれを有効と解しているのである。
由来自創法の定める売渡計画は、その後に続く異議手続を経て都道府県農地委員会の承認、都道府県知事の売渡処分(売渡通知書の交付)という一連の段階的行為の一環としてなされるものであつて売渡計画という行政行為は、畢竟、その後の行為と結合して究極の行政目的たる売渡処分という特定の法律効果を発生せしめるための先行行為たるに過ぎない。売渡計画によつて直ちに農地の所有権が変動するのではなく、その計画が確定して、売渡通知書が交付され、それによつて初めて所有権の変動という特定の法律効果が生ずるのである。
故に、売渡処分という究極的行政処分をなすには、それまでに買収手続が完了していることを要するが、その先行行為たるに過ぎない売渡計画の段階においては、必ずしもこれを必須の要件となさず、既に買収計画によつて、買収予定地とされたものであれば、これを売渡処分の対象として、これにつき売渡計画を樹てたとしても、それがために行政の円滑な運営を妨げまたは利害関係人の法律上の地位を不当に不安定ならしめることのない限り、これを無効とすべきいわれはない。しかもかかる売渡計画は、買収予定地の売渡計画として、その効力を、計画の樹立と同時に即時発生するのであつて買収処分のなされることを条件として発生するのではない。原判決がこれを停止条件付行政行為なるが如くに判断したのは、畢竟、農地の売渡計画は、その農地についての買収処分がなされてからでないと、有効に樹てられないものだという誤解から出たものと思料される。
そこで、買収予定地を目的として樹てられた売渡計画が、果して行政の円滑な運営を妨げまたは利害関係人の法律上の地位を不当に不安定ならしめるかどうかを考えてみるに、元来、買収計画が、何等の変更なしにその定められた如くに確定した場合は、その農地についての買収処分は、買収計画の定めに従い、その計画内容に副うて行われるものであることは、自創法の定めるところであるから、その農地が自創法のどういう規定によつて買収されるかということ、換言すれば買収の内容や要件は、その計画樹立のときに既に具体的に特定しているのであり、従つて、その買収計画に照応して樹てられた売渡計画においても、売渡の内容及び要件は、その計画樹立のときに既に具体的に特定しているのである。
故に売渡計画の適、不適は、買収処分の結果をまつまでもなく計画の樹立のときに何人にも判断し得るのであるから、もしその計画に異議あらば、異議申立をなし得る者は(買収計画の決定があれば、その農地の売渡の相手方となる資格ある者は、買受の申込をなすことができ、その申込をなした者は、売渡計画に対して異議の申立ができる)売渡計画の公告のあつた日から十日の法定期間内に異議の申立をするに支障はないのである。つまり、売渡計画に対する異議手続や、都道府県農地委員会の承認の手続の履践等については、すでに買収処分のなされた場合と少しも異るところはないのである。
してみれば、たとえ買収がまだされていない農地であつても、それがすでに買収計画によつて買収を予定されたものである以上これについて樹てられた売渡計画は、少しも利害関係人の法律上の地位を脅かし、もしくはその権利を侵すことはないのである。まして、買収手続と売渡手続とを併行し、それを両々相伴つて進行せしめた上、時を同じうしてこれを完了せしめることにより、目的農地上の作物、小作料、地租、地主に対する対価等の計算を単一化し、後日に紛議の余地を残さない利益があるばかりでなく、「自作農を急速に創設」し「生産力の発展」と「農村における民主的傾向の促進を図る」ことができ、自創法本来の行政目的を円滑迅速に達成する効果がある、といえるのである。ただ、買収計画が、異議或は訴願によつて取消され、予定された買収処分がなされずに終つた場合は、売渡計画に基く売渡処分も実現しないことになるが、これは、いわば、売渡計画が無駄になつたというだけのことで、それがために、何人をも害することはない。
本件売渡計画は、すなわち、かような趣旨の下に樹てられたものと解すべきであつて、しかもその結果についてこれを見れば、買収計画も売渡計画も、ともに法定の期間内に異議の申立なくして確定しているのであり且つそれぞれの手続を経て買収令書も売渡通知書もともに適法に交付されたのであるから、売渡処分のなされるときには買収処分は既に完了していたものといわなければならない。
してみれば、本件の土地は、買収令書の交付によつて一旦国に帰属するとともに、売渡通知書の交付によつて時を移さず上告人に移転したものというべきであり、従つて、上告人は、完全にその所有権を取得したものといえるのであるから、原審が上告人は本件土地の所有権を取得したものでないとして、その請求を認容した第一審判決を取消し上告人の請求を棄却したのは、関係法規の解釈を誤まつた違法があるものというべく、上告論旨は結局において理由があるといわなければならない。
原判決は畢竟破毀を免れないのであるが、本件は既に判決をするに熟しているから、当裁判所は直ちに判決することとし、民事訴訟法第四百八条第一号、第三百八十四条第一項、第九十六条、第八十九条の規定に則つて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 熊谷直之助 裁判官 宇野茂夫)
上告代理人斎藤敏之の上告理由
原審は大野村農地委員会が昭和二十四年九月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に基いて本件農地の買収計画を定めると同時に、これを上告人に売渡す旨の売渡計画を定めてその旨公告し、北海道農地委員会が同年十二月一日これを承認し北海道知事において右買収並びに売渡計画により大野村農地委員会を通じ被上告人及び上告人に対し右買収及び売渡の時期をいずれも昭和二十四年十二月二日と定めた同二十五年一月二十日附の買収令書と売渡通知書をそれぞれ交付し本件農地の買収並びに売渡処分を終り昭和二十五年七月一日上告人の為所有権保存登記のなされた事実を認定し、右売渡計画は買収処分が為されることを停止条件としてなされたものであると認めた上、がんらい行政行為は行政権の公の意思表示又はこれに準ずる精神作用の発現を主たる要素とし、その主体、手続、形式、内容等につき法の覊束を受けるものであつて、一般に行政行為に条件を附し得るかどうかは一概に論じ得ないが、少くとも自由裁量の認められる場合の外は特段の定のない限り行政行為の公法的な特殊の性質から言つても条件に親しまぬと解すべきである。若しもかような条件附行政処分の効力を容認するとすれば、条件附行政行為は条件成就の時からその効力を生ずると見なければならず、該行政行為の効力を争う場合、これに対する不服申立期間はその処分のなされたときを基準とすべきか、或は条件成就のときからその趣旨にそう行為があるものとし、そのときから法定の不服申立期間が進行するものとすべきか去就に迷わざるを得ぬ不都合を生ずることもあり得るからである。従つてかかる条件附行政行為は当該行為に重大且つ明白な瑕疵を具有するものとして、その目的とする法律効果を生じないと言うのが相当である、との理由から右売渡計画は無効であり従つて右売渡計画によつて為された北海道知事の売渡処分も効力を発生しないものであると判示して、上告人の右売渡処分により本件土地の所有権を取得したという主張を排斥した。
しかして右認定のように買収計画より買収処分に至る一連の行為と並行して為された売渡計画及びその後の行政行為は一応買収処分が有効に為されることを停止条件とするものと解することについては異論はないけれども、その故にこれを当然無効と解することには到底賛意を表し難いところである。なる程法令に特別の定がある場合またはその行政行為が行政庁の自由裁量に属する場合にのみ行政行為に条件を附し得るものとするのが通説であり、また自創法による農地売渡処分が所謂自由裁量行為と称するものに当らないことも明かである。しかし行政行為に条件を附し得る場合を右のように限定する確固不動の原則があるわけでもなく、また、裁量行為と謂い覊束行為と謂つてもそれは法規に覊束せられる程度の差によるものであつて本質的な相違のあるものではないのであつて、すべての行政行為を右の二つのいずれかに当るものとしその覊束行為なるが故に条件を附することができ、裁量行為なるが故に条件を附し得ないと確然と断定し去ることは妥当ではない。それ等を一応の原則として更に行政行為に条件を附することを制限する理由に遡り且つ条件を附する必要の有無、条件を附することによつて生ずる弊害をも勘案して具体的に条件を許すか否かを定めるべきものと考えるのである。
そもそも自創法は連合国の主要な占領目的の一つである日本民主化政策の一環として、連合国最高司令官の日本政府に対する昭和二十年十二月九日附覚書に基いて制定せられたものであつて、昭和二十三年二月四日附連合国最高司令官の日本政府に対する覚書においては「土地改革の強力な実施は日本に真に自由で且つ民主的な社会を創設する為の先決条件である。本改革の実施は日本国民並びに連合国軍日本占領の最も重要な目標の一となつている。従つて自創法等の厳正且つ果断な実施は不可欠の至上命令である」として急速な自創法の励行を指令したのである。従つて自創法は実に連合国の日本管理令としての性格を有し、その厳格適正な実施は日本政府に課せられた至上命令に外ならないのであつて、その解釈運営に当つては、この性格について十分な考慮が払われなければならないのであることに先づ留意すべきである。
さて自創法公布後間もなく制定せられた自創法施行令第二十一条は「(1) 政府は自創法第三条の規定による買収及び同法第十六条の規定による売渡を昭和二十三年十二月三十一日までに完了しなければならない。(2) 市町村農地委員会は自創法第六条の規定による農地買収計画及び同法第十六条の規定による農地売渡計画を速かに定め遅くとも昭和二十三年十月三十一日までにこれを完了しなければならない」と規定しておるがこれは前記覚書の趣旨に基き自創法の急速な実行が要望せられたが故に外ならないのである。しかして我国における広大な小作地の解放を僅々二年間に完了することの頗る困難な大事業であることは何人にも予想せられるところであつた。そこで農林省農地局長は昭和二十二年三月十日附をもつて各農地事務局長及び地方長官宛に発した農地等の買収および売渡事務処理要領(その三)において「売渡計画は原則として買収計画と並行して、又は買収計画の決定次第直ちに作成に着手すること」と指示し、自創法の急速なる実行の一つの方法として買収及び売渡の各手続を並行してなすべきことを勧奨したのである。右施行令第二十一条の規定は昭和二十三年十二月二十七日の改正により削除せられたが、それはその時期までに完了することができなかつた為に外ならないのであつて買収、売渡の手続が急速に進められなければならないことに変りはないのである。否更に一層速かなる手続の完了が要望せられたのである。以上の次第であるから自創法に基く売渡手続が買収処分の為されることを条件として為されることの必要性は多分に存在したものと謂わなければならないのである。しかも前記農地局長の指示を体し買収手続と売渡手続が並行して行われた例は極めて多く、北海道に於ける自創法による農地買収、売渡の面積三十四万町歩(未墾地、牧野等を除く)の内約四割は実にこれに属するものであつて全国的に見てもおそらくはこれに近い比率を示すものと考えられるのである。しかしかかる並行的に進行した手続において原審が憂えたような不都合が生じたことを聞かない。もしそれかかる売渡手続を当然無効なりとするならば全国何千万町歩の農地について改めて売渡処分をしなければならないという恐るべき結果を招来するのである。
本件売渡処分を無効とする論旨の如きは自創法の前記性格を没却し、実情を無視した暴論であり到底採用し難いものと信ずる。青森地方裁判所昭和二十五年十一月四日言渡判決(行政事件裁判例集第一巻第十一号第一五六六頁以下)が買収行為の有効に成立することを停止条件とする売渡計画について「元来かような停止条件附行政行為が法律上有効であるかどうかにつき若干疑義が存しないわけではないけれども所謂農地改革制度は精確に運営されねばならない反面、極度に手続の敏速、円滑従つて又便宜を尊ぶ建前からいうと積極に解するを妥当とする」といつているのも言葉は簡単ではあるが吾人とその見解を等しくするものと考えるのである。すでにして前記条件附売渡計画が無効ではないとするならば、その後になされた売渡処分に至る一連の行為もまた当然無効とすべきではないからこれによつて上告人は本件農地の所有権を取得したものであり所有権に基き被上告人に対し本件農地の明渡を求める本訴請求は認容せられなければならない筈である。然らば原審は法の解釈を誤つて本件売渡計画を当然無効と断じ上告人敗訴の判決を為したものであつてその違法なるは明らかである。
よつてこれを破毀し更に相当の裁判を求める次第である。